<Header>
<Author: 白居易>
<Title: 睡起晏坐>
<Format: 格式不明>
<Year: 2011>
<BookName: 白楽天詩選（上）>
<Translator: 川合康三>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 睡（ねむ）りより起（お）きて晏坐（あんざ）す>
<BookPage: 310-311>
<UsedPage: 2>
<Feature: 1, 4>
<End Header>
<Poem>
後亭晝眠足，
起坐春景暮。
新覺眼猶昏，
無思心正住。
澹寂歸一性，
虛閑遺萬慮。
了然此時心，
無物可譬喻。
本是無有鄉，
亦名不用處。
行禪與坐忘，
同歸無異路。
<End Poem>
<Translation>
裏の亭でたっぷり昼寝をし、身を起こして坐るうちに春の日は暮れていく。
覚めたばかりで目はまだぼんやり、何思うこともなく、心はまさしく安住の境地。
さっぱりとして本性に行き着き、様々な思慮を離れて心は空となる。
明晰そのもののこの時の心境、何物にもたとえようがない。
これこそが「無何有郷」であり、また「不用処」とも呼ばれるもの。 仏教の座禅、道教の坐忘、帰するところは同じ、異なる道すじではない。
<End Translation>
<Formatted Translation>
裏の亭でたっぷり昼寝をし、
身を起こして坐るうちに春の日は暮れていく。
覚めたばかりで目はまだぼんやり、
何思うこともなく、心はまさしく安住の境地。
さっぱりとして本性に行き着き、
様々な思慮を離れて心は空となる。
明晰そのもののこの時の心境、
何物にもたとえようがない。
これこそが「無何有郷」であり、また「不用処」とも呼ばれるもの。 
仏教の座禅、道教の坐忘、
帰するところは同じ、異なる道すじではない。
<End Formatted Translation>